えほんのはなし17「雨の日もある」

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今回は心の内にいる「自分」に手を差し伸べてくれた絵本の話。

ねこひさんが小さな頃に出会った宝物。

文 / ねこひ

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『いっちゃんはね、おしゃべりがしたいのにね』灰谷健次郎/文、長谷川集平/絵、理論社、1979

母から手渡されたのは、5歳ごろだったでしょうか。「変わった本だな」という第一印象で、他にたくさんの絵本を知った20歳頃に再会しても、やはり同じように感じました。長谷川さんにしか出せない独特の絵の味わいや展開が斬新で、今や宝物の一冊です。

まず、タイトルが変わっていますね。色調が暗い。絵はぜんぜん可愛くない。主人公のセリフはほとんどない。言葉のない、コマだけのページがある。関西弁で書いてある。弱い大人が出て来る。他のほわんとした絵本とは一線を画した、個性的な雰囲気。

けれども、妙に気になる絵本で、何度もひとりで読んだ記憶があります。
母は忙しかったので、字が読めるようになったころから、私はずっとひとりで本と向き合ってきました。大人になってからは読書が他の人には見せないような心の部分に静かに触れることも当たり前のように実感できますが、幼心に絵本でそんな体験ができた最初の本かもしれません。

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他の人とは話し合わない少しダークな部分を、本と分かちあったように思います。
多くの大人は、子どもが明るいことを望みます(責任を逃れたい気持ちも若干あって)。けれども敏感な子どもは、大人がそう望めば、もう暗い部分を出せなくなってしまうのです。5歳の私は、暗い部分を持て余していたのでしょう。「子どもらしくないな」と自分に自己嫌悪を感じることもありました。

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『いっちゃんはね、おしゃべりがしたいのにね』は、そんな気持ちの受け皿になってくれたのかもしれません。話したいことはたくさん湧いて来る。けれども、いっちゃんの言葉はつかえてしまいます。

思慮がある為に、どう話していいか、どんなタイミングで話していいかわからない、という自分の体験と似ているな、と感じました。
仕事と3人の子育てに多忙な母は、いつも背中を向けて限られた時間で必死に家事をやっているし、幼稚園の子たちのノリとは少しテンポが違うし、上手く話せないのです。

『ろくすけ どないしたんや』灰谷健次郎/文、坪谷令子/絵、理論社、1980

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サイズも珍しい少し小さめの変わった絵本は、同じ大きさでもう一冊ありました。ブックデザインは長谷川集平さんが手掛けているようですね。

「いっちゃんはね」と『ろくすけ どないしたんや』の中ではいろんな子どもがいていろんな気持ちを持っていることが当たり前に描かれています。ダークな気持ちは特別なことじゃないよってことを、小さな私にそっと見せてくれたのです。灰谷健次郎さんという信頼できる大人に、私はそこで出会いました。

『ろくすけ どないしたんや』にはお父さんのいないぼくと、お母さんのいないミコちゃん、仲間のろくすけが出て来ます。ろくすけのお母さんは、ある日赤ちゃんを連れて家出してしまいました。大人が読むとドキッとする内容です。
この本では、大人をさばくことなく、子どもを美化することなく、優しい目で子どものいる世界を書いています。

こんな子どもがいる、こんな気持ちを持つことがある。それを見せてもらうだけで、心がたくましくなることがあるのではないでしょうか。本を通して、いろんな大人や子どもに出会うことができます。住んでいる場所だけでは出会えない人にも。決して自分だけが特別でひとりぼっちというのでもなく、広い広い世界がある。どこかにひとりくらいは、気の合う友達もいるかもしれない。

この本をどんな気持ちで私に差し出してくれたのか、母の気持ちは聞いたことがありません。けれど、きっと思っていたよりも私のことをちゃんと見て、気にかけていてくれたのでしょう。

同じ頃、話すのが上手くできない私に「手紙」という飛び道具を教えてくれたのも母で、書くことなら、みんなのタイミングやノリに惑わされずに自分のペースでゆっくり言葉を選びながら考えを表現することができる、ということもその頃発見しました。
自分に合っている!と感じて、私はその時からずっと手紙を書いています。このコラムも、読んでくれているあなたへのお手紙。姿が見えないからこそ、開ける心もありますね。

6月の憂鬱な空にすっぽり包まれてしまうような日は、静かに心と向き合うのも良いかもしれません。大人にも子どもにも、すてきな本との巡り合わせがありますように。

(文/ねこひ) 

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ねこひ 三月の羊内にある世界一小さな絵本屋

三月の羊 北海道産小麦粉100%で作る無添加のお菓子とパンの店

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