東京さんぽ「フランスガム喫茶劇場 番外編」

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東京のどこかの喫茶店を舞台に綴られる架空の物語。

今回は珈琲ロン。

フランスガム社特製の物語をどうぞお楽しみください。

文・絵 / フランスガム社

 

番外編 愛と平和と純喫茶
Lawn(ロン)~ソワスベテ・アイコの夢

 

ある夏の日でした。

ソワスベテ・アイコは友人のツベキハト・モモと待ち合わせをしている喫茶店の前に着きました。お店の看板も出ていませんでしたし、いつもとなにか様子が違っていたけれど、いつも来ているこの場所に違いありませんでした。

扉を開けてみると店内は薄暗く、奥から軍服のような姿をした店員と思われる男性が音もなく現れて言いました。

「今日から珈琲は贅沢品に指定されたので、当店でご注文頂けるものはこちらのみになりますがよろしいでしょうか。」

差し出されたメニューには

『準珈琲(これは珈琲ではありません)』の一行。

贅沢品ってなんのことかしら?

ソワスベテ・アイコは首を傾げながらとりあえずツベキハト・モモが来るのを待とうとそれを注文し、二階の席へ上ると窓際の席に座りました。

しばらくすると軍服姿の男性がコーヒー・カップを持って現れました。

「珈琲でない準珈琲とはいえ、今は戦時中です。嗜好品など飲んでいるところを誰かに見られたら密告され拘置所に連行されてしまいますので、どうかお気をつけください。」

窓は黒いカーテンで覆われ、仄かな青白い灯りひとつの窓辺でカップの中を覗くと、そこに入っているのはインクのような濃紺色の液体でした。

戦時中?一体あの人はなにを言っているのかしら!この平和な時代に...

まったく訳がわからないままその謎の「準珈琲」を一口飲んだ瞬間、突然ピカッと閃光が走り、カーテンが強い風に吹き上がりました。

窓の外が一瞬真っ暗になったかと思うとめらめらと炎があがり、ソワスベテ・アイコはあまりの熱さにあたまがおかしくなりそうになりました。

ここは二階だというのに、窓の外にツベキハト・モモがこちらに向かって哀しげに手を振るのが見え、やがて炎の中を上昇し、消えて行きました。

後ろを振り返ると、先ほどの軍服の男性がうつ伏せになって倒れ、こちらに向かって息も絶え絶えに言いました。

「ヘイワノタメノ センソウ

ソンナモノガ アルダロウカ?」

男性はがくりと頭を落としました。

ソワスベテ・アイコは心から恐怖を覚えました。

✳︎✳︎✳︎

目が覚めるといつもの自分の部屋でした。身体中汗でびっしょりでした。

夢だった!

ソワスベテ・アイコは心からほっとしました。

ふと時計を見ると、11時をまわっていました。

「いけない!遅れちゃう」

今日はお昼過ぎにツベキハト・モモと待ち合わせをしていたのでした。

急いで支度をして電車に乗り、駅を降りると、待ち合わせのお店へ向かいました。

『珈琲 ロン』

看板はいつものように出ていましたし、モダンで素敵な建物は変わらずにそこにありました。

ああ、よかった!

ソワスベテ・アイコはまださっき見た夢の余韻を引きずっていたので、いつもの景色が変わらずにそこにあることがこの上なく嬉しく感じられたのです。

螺旋状の階段を昇り二階席へ上がりました。奥の窓からは夏の光がキラキラと注いでいました。

暫くするとツベキハト・モモが現れました。夢の中で炎の中に消えていった友人が目の前にいる!それだけで涙が出そうでした。

ふたりはそれぞれタマゴサンドと珈琲を注文し、最近あった出来事などを語りあいました。

このお店特有の、オムレツ式に焼かれた卵がパンにはさまれたふわふわのタマゴサンドを頬張り、傍には珈琲、目の前には大切な友人が微笑んでいる、

ソワスベテ・アイコにとっての平和がそこにありました。

当たり前の日常という平和

この世のすべての人が持つべき平和

それを信じようと強く思いました。

ーたとえ現実的なひとたちには夢物語だと言われても

店内にはビートルズの「愛こそはすべて」が流れていました。

<おしまい>

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喫茶豆情報
ロンではいつもビートルズとそのソロ曲が流れています。

francegum社
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